1993’01
★”名誉毀損”という常識
あなたは侵してないか?ボード上の”名誉毀損”

共演者から提訴された”     
    とんねるず”の失語

 「“とんねるず”の石橋貴明さんに侮辱的な言葉で名誉を傷つけられた」として、石橋さんに200万円の損害賠償などを求めて東京地裁に提訴したのは女優のS子さん(56才)だ。
 訴状によると、今年の10月、フジテレビの人気番組「とんねるずの皆さんのおかげです」の準レギュラー格であったS子さんは水着姿でテレビ出演した。このとき、石橋貴明さんから「ヘアが見える、出ている」と指をさされ、笑いものにされたというのである。このセリフは台本にも事前の打ち合せにもなかった。怒りがおさまらないS子さんは、提訴後の記者会見でも、「法廷闘争で判決が出るまで、頑張りぬきます!」と憤慨していたという。
 フジテレビのプロデューサーの話。
「“素人のおばちゃん”役ということで本人とも合意のうえで出演していただいてると了解していたので、提訴には当惑している。結果的に気持ちを傷つけてしまったことには申し訳なく思っている……」

現代人なら知っているべき   
   「刑法230条」の恐るべき
 さて、この裁判沙汰について読者の皆さんはどうお考えであろうか?
 「まったく冗談の通じないおばちゃんだ!」と思われた方は二重の意味で社会人として落第であると言わねばならない。なぜかというと、
 1.繊細な人間の気持ちが分からない
 2.名誉毀損に関する法律を知らない
ということになるからである。この2つのことをしっかりと認識していないと、名誉毀損罪で処罰されたり、あるいは多額の損害賠償を請求されたりして大変な痛手をこうむることがあるので要注意だ。
 名誉毀損に関して、まず私たちが知らなければならない法律は刑法230条だ。これは「公然事実を摘示して人の名誉を毀損したる者は、その事実の有無を問わず3年以下の懲役もしくは禁錮……」という恐ろしい法律だ。ところがこの名誉毀損罪の恐ろしさを知らないという人が日本では非常に多い。ためしに今年の秋に発生した「名誉毀損事件」を列挙してみよう。
芸能界に起こった   
    「名誉毀損事件」2種
 まずは芸能界では勉強家として知られる上岡龍太郎の舌禍事件。これは、呆れるほどレベルの低い事件だった。TBSラジオで上岡龍太郎は、女優の東ちづるさんと写真家の加納典明が「できている」と判定したうえで、「誰とでもさせますもん、東ちづるは。“おさせ”のちづるいうて関西では評判です」とやってしまった。もちろん東ちづるサイドは名誉毀損で訴えることを検討した。しかし、いち早く上岡龍太郎が全面的に“おさせ発言”の非を認め、念書で反省と謝罪の意を表わしたので「事件」は鎮静化した。
 「私はシャレのつもりだったが通じなかったようだ。口は災いのもと、うかつでした。」と、上岡龍太郎は言っていたようだが、上岡の人権意識の低さはおおうべくもない。
 次に加納典明。ヘアを露出したヌード写真集を出版して話題をふりまいた女優の島田陽子の裸体写真を、加納典明は、「あれはオバンの裸だ!」と口ぎたなくコキおろした。この発言に激怒したのは島田陽子の元恋人・内田裕也だった。 「こんど会ったらブン殴ってやる!」と過激に言い放って島田陽子を徹底的にかばう内田裕也のけんまくに、日頃は強気で生きている加納典明も、「言葉のアヤでした。ごめんなさい。」と素直に謝罪したので、ひとまずはチョン。
売れっ子カメラマンの暴言に    
   露呈した”人格意識”の低さ
 この事件、内田裕也の“やさしさ”が光っていたが、もっとも偉かったのは島田陽子だ。取材陣から元恋人の内田裕也と加納典明が一触即発となった件で質問された島田陽子は、「(2人の男性が言い争いをしていることは)うれしいことです。加納さんは私の写真集をご覧になって創作意欲をかきたてられたのでしょう……」と一応の社交辞令を述べたあと、「(加納さんは)お見かけしたところ、素直な人ではないようですが、電波を通じてしゃべることですから思いやりが必要だと思います。」と、涼しげな表情でサラリと言ってのけたという。
名誉毀損罪や侮辱罪について、普段から無知まるだしの加納典明の愚かしい発言と比べると、島田陽子の物言いは最近では希なる大人のそれであると言っていいだろう。一方、「電波を通じてしゃべること」の重大さがいまだに認識できていないらしい加納典明の発言は、彼自身の人権意識の低さをいやがうえにも露呈させてしまったのである。
パブリック・スペースに”人の評判”を書く意味
次なる事例は、月刊誌『ざべ』11月号での中村正三郎の発言。これは、パブリック・スペースに人の批判を書くことの意味をまったく理解していないという文章のサンプルだ。
 私や本誌の出版元であるエーアイ出版社が名前をあげられて非難されているが、その論調はというと、ほとんど罵倒モード。伝わってくるのは、彼の私憤にかられた口惜しさだけで、何の目的で人を非難攻撃しているのか中村自身が理解できていないようである。エーアイ出版社にいたっては、中村を批判する私の文章を掲載したというだけで侮蔑されている。
 こうした中村の文章は、彼が人の名誉に配慮する心に欠けている人物であることの証明でもある。また、中村正三郎という人物には名誉に関する法律知識がほとんどない、ということがおのずと出てしまっている。
恫喝どころか笑いもの!
呆れた自民党の”告訴事件”
 もっともっと驚くべき話は、自民党が「東京佐川急便事件」の担当検事と裁判官を名誉毀損で告訴する、 と息まいた事件だ。この事件は”自民党が東京地検特捜部を恫喝するための政治的なパフォーマンスである”と解説する評論家がいたが、半分以上当っていない。
 というのは、自民党の言動がまるで恫喝になっていないからだ。つまり、本当に告訴できるなら立派な脅しになったであろうが、法理論的にも法技術的にも告訴できないのである。そして逆に自民党は東京地検の検事たちに、「自民党も血迷ってきたな……」と平然とうそぶかれてしまった。
 法廷における裁判官や検察官の法的に正当な職務行為を名誉毀損で告訴するという、自民党の何とも幼稚な法認識は、恫喝どころか逆に笑いものにされてしまったのだ。法律を制定する国権の最高機関たる国会に所属する自民党の国会議員にしてこの程度の法律知識なのである。お寒い、というほかない。
ボード上の無謀な悪罵は
名誉毀損罪や侮辱罪の対象

 となると、私たちは“とんねるず”の石橋貴明や上岡龍太郎や加納典明を笑ってばかりもいられないのだ。
 実際、私たちの身のまわりは「名誉毀損罪」や「侮辱罪」であふれている。パソコン通信という電子社会についても同じことがいえる。
 『月刊アスキー』の11月号では山下さんという弁護士が「ネット上の名誉毀損について」と題して次のように述べている。
 「パソコン通信は、これまで有名人などについてだけ起こりえた名誉毀損についても、すべての人が被害者にも加害者にもなりうるという可能性を作りだしたということができると思いますね。」
 まさに弁護士の山下さんの言われるとおりで、パソコン通信のボードやチャットは「公然」の場であるので、人の名誉を傷つける発言は名誉毀損罪や侮辱罪の対象になるのだ。それなのに、このことを知らないまま、何の覚悟もなく、気分の成行きにまかせたメッセージを書いている人たちの何と多いことか! 名誉毀損罪で狙われたらそれこそ身の破滅になりかねないのに!
 まこと“知らない”ということは大変に恐いことなのである。

”名誉保護”への理解は
優しくタフな社会人の条件
 ところで、自由主義を標榜する社会において、“言論の自由”は最大限に尊重されなければならない権利である。ところが人の名誉は、刑罰によっても保護すべき法益とされている。東西を問わず古代から人の名誉は重要な法益として保護されてきた。これは、”名誉のためには死をも選ぶ” という本質が人間にはあるからである。
 「法は最低の道徳である」という言葉は、名誉に関する法律には完璧に当てはまる。法律の話が嫌いであっても、“人様を簡単に侮蔑してはいけない!”ということだけは、しっかりと認
識しておくべきであろう。さもないと、優しくてタフな社会人としては落第、 ということになってしまうからね!

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