NO.6

1.はじめに
 「衆生必死、必死帰土」(『礼記』)…生けるものは必ず死ぬ、死んで土に帰る…これは、生態系の物質循環を見事に説明した古代中国人の言葉である。
 たしかに、動物であれ植物であれ生きとし生けるものは必ず死んでゆき、跡形を残さない。少なくとも“廃棄物”にはならない。しかし、昨今、生ゴミ、汚泥等、都市社会で発生する膨大な量の有機物残渣が、土に帰らず、処理困難な廃棄物として堆積しており深刻な社会問題となっている。
 本稿は、生ゴミ・汚泥等の有機性廃棄物を「消滅」させる機器の開発過程で蓄積した“悪臭除去法”に重点をおいた報告である。

2.有機物残渣の分解→消滅の基礎理論
都市で発生する有機物残渣は、炭水化物、蛋白質、脂肪に大分類できる。この3種類の物質が微生物の酵素によって分解される反応式は、簡介すると次のようになる。
A) 炭水化物の分解
炭水化物  酸素   炭酸ガス  水
Cm(H2O)n + mO → mCO2 + nH2O
B) 蛋白質や脂肪の分解
蛋白質または脂肪   酸素    
CxHyNzOp + aO2
アミノ酸または脂肪酸  炭酸ガス   水   アンモニア
→ CuHvNwOq  + bCO + dH2O + eNH3
 上式のように、炭水化物Cm(H2O)n は、最終的には炭酸ガスと水とに分解する。
 蛋白質や脂肪は分解して、より低分子化した物質と炭酸ガスと水とアンモニアを生成する。アンモニアはpHの上昇とともに気体となり拡散して悪臭の主体成分となる。

C) 体細胞の形成
 「独立栄養型」の微生物は無機物質だけで増殖する。「従属栄養型」の微生物は蛋白質や脂肪など有機物質を栄養源として吸収して、自らの体細胞を形成する。
この体細胞の形成過程を式で表すと、右図になる。
 (体細胞の形成過程においては、実際には、P、Fe、Ca等の微量元素を必要とするが、右式では簡略化した。)
炭水化物     蛋白質      酸素
8(CHO) + C8H12N2O3 + 6O
  微生物細胞   炭酸ガス   水
→ 2C5H7NO2 + 6CO2 + 7H2O

D) 体細胞の分解
 「衆生必死」。微生物にも寿命がある。死んだ細胞は、酸素に触れると次の式のように自己崩壊し、炭酸ガスとアンモニアと水になる。
微生物細胞  酸素    炭酸ガス  アンモニア  水
C5H7NO2 + 5O2 →  5CO2 + NH3 + 2H2O
  蛋白質や脂肪分に富む微生物の死骸は上記のような自壊反応のほか、他の微生物によって食されて「消滅」する。これは、b)で示された反応(蛋白質・脂肪の分解反応)である。
  微生物は、増殖のために炭水化物、蛋白質、脂肪等々、有機物を次々と分解して摂取し倍々ゲームで増殖する。生物遺体, またその分解途上の物質を栄養として利用する微生物の生活は, 腐生と呼ばれ, 自然のなかで最もよく認められる現象である2)。
 
  永井によれば、微生物の代謝能は無限に近いという。何故なら微生物の細胞径はマイクロメーター(μm)のオーダーで、単位容量あたりの表面積が著しく大きい。しかも細胞表面より化学物質を吸収するので極度に効率のよい代謝能をもつことになる。
  例えば500kgの牛は1日あたり500gの蛋白質を生成するが、500kgの微生物は1日あたり1000~2500kgの蛋白質を生産する。
 ゆえに、“適当な環境”を与えてやれば、微生物は、ほとんどの物質を速やかに分解してしまう。3)
  もし、微生物による分解がなかったら、地球は野も山も海も生物の死骸で溢れかえってしまうだろう。


3.生ゴミ消滅機
 現在、「生ゴミ消滅機」を製造・販売する会社は2000社以上もある。その主流は、オガやモミ等の担体に大量の微生物を付着・増殖させる反応槽に生ゴミを投入し生分解する方式である。
 しかし、どのメーカーの「生ゴミ消滅機」も、生ゴミは仕様どおりに微生物によって見事に生分解されるのだが、あまりの臭気に稼働が停止している事例が多い。有機物が分解される際の悪臭を完全に解決した機種はないのだ。あっても、複雑な機構で高価、さらに煩雑なメンテナンスが必要とされる。

A) 脱臭の難しさの原因
 たしかに臭気の除去は大変にむずかしい。
 臭覚は、ヒトの五感のなかでも最も退化しており、犬の六千分の1程度でしかない。ヒトは、臭気濃度が10倍になっても、僅かな違いしか感じない。悪臭物質を90%以上除去しても、感覚的にはあまり変らない。人間の臭覚というものは実に曖昧模糊とした感覚なのだ。しかも、色見本のようにサンプル提示ができない。悪臭に遭遇するとヒトは、ただ「くさい、くさい」と言うしかない。
  …これが脱臭が難しいことの原因である。
悪臭物質発生のしくみ

B) 腐敗臭
 有機物は時間の経過とともに分子構造が低位の物質へと分解してゆく。この場合、微生物が生成する酵素が触媒となりモノマー化するわけだが、生成される物質は、悪臭物質だけでも多岐にわたる。 アンモニア、インドール、スカトール、硫化水素、揮発性アミン、メルカプタン、脂肪酸、酪酸、吉草酸、プトレシン、カダベリン、プロピオン酸…等々、その組合わせも入れれば数えきれない。
 しかし、これら悪臭の本質は腐敗臭であるということである。 従って、腐敗現象を追放すれば腐敗臭も解消することになる。
C) 腐敗から発酵へ
 有機物は常温で放置すると必ず腐敗する。この腐敗現象は腐敗菌が必ず関与する。付図1でいえば、(1)の硫化水素生成反応にはプロテウス・モルギニー(Proteus morgenii)、大腸菌ストレプトコッカス(Streptococcus)が関与し、(2)のメルカプタンの生成には大腸菌、クロストリジウム・スポロジナス(Clostridium sporogenes)が作用する。4)
 有機物は微生物(腐敗菌)の関与によって腐敗する。そして悪臭ガスが発生する。次には害虫が発生し、やがて社会問題となる。
 従って、有機物を腐敗させないためには発酵させることが肝要である。腐敗も発酵も微生物による有機物の分解という点では同じ反応であるが、ヒトの立場からすると天地の差がある。腐敗は人間には害毒だが、発酵した有機物は食することができ、のみならず健康増進作用もある。

D) 悪臭除去の方法
 腐敗から発酵への転換は「生ゴミ消滅機」にとっても重要な要素となる。そのためには、悪臭発生菌の駆除と悪臭発生物質の除去、この二つの問題を解決しなければならない。以上の二点がクリアできれば悪臭は解消する。

イ. 悪臭発生菌の駆除
  菌の世界にも激しい生存競争がある。腐敗と発酵という観点でみれば、これは善玉菌と悪玉菌の食うか食われるかの戦いである。元気のいい善玉菌が数多くいれば発酵傾向になるが、逆の場合は腐敗が進行してしまう。筆者の実験では、悪臭発生菌を駆除するには、乳酸菌が最強であった。(乳酸菌は小岩井牧場が発売しているプレーンヨーグルトを牛乳と蜂蜜と各種ミネラル剤で培養した。)
 光合成細菌も腐敗菌を駆除する。この場合、紫外線を照射して培養した光合成細菌が最も強力であった。

ロ. 悪臭発生物質の除去
  光合成菌は腐敗菌が発生させる悪臭物質を栄養源として積極的に利用する。小林によれば、光合成細菌は硫化水素だけでなく、有毒アミンであるプトレシンやカダベリン、また、発ガン催奇性のあるジメチルニトロサミン(dimethylnitrosamine)をも好んで基質として利用し、除去する。5)
筆者も臭気の強い「生ゴミ消滅機」に光合成細菌液を散布したが、効果は見事なほどに顕著であった。

付図2 サルモネラ菌、O-157に光合成菌を1%添加したときの抑制効果
区  分 5日後 10日後
サルモネラ菌 SE
(0.5×109個)
対照 1.1×108
1%区 700個 2個
ST
(0.5×108個)
対照 1,000個
1%区 400個 0個
SD
(1.0×108個)
対照 1.5×107
1%区 100個 0個
O-157
(3.6×107個)
対照 1.5×10
1%区 100個 0個
SE、STは鶏糞5%水溶液を SD、O-157は牛糞10%水溶液を使用。SE、ST、SDは菌の種類。
区分欄の( )内の個数は使用した菌の1ml中の個数、対照は光合成菌を添加していない区。(試験:三河環境微生物研究所)

ハ. 共生効果

  外村によれば、PVAの分解は2種類のシュードモナス菌の共生によって行われる。6)
  必要な物質を互いに供給しあう共生関係、毒物を協力しあって除去する共生関係等、自然界では、様々な共生関係があって微生物分解が起こっている。
  筆者らは、「共生菌液(乳酸菌、光合成細菌、放線菌)」に「どぶろく醸造」の際の酵母を添加しているが、濃度5万mg/lの精糖廃液も見事に発酵分解する。
  「生ゴミ消滅機」においても、乳酸菌と光合成細菌の共生効果は、脱臭だけでなく分解速度においても顕著である。脱臭効果は、ほとんど瞬間的である。これは、悪臭物質を生成中の腐敗菌が天敵(乳酸菌や光合成細菌)の出現にあわてふためき、あらゆる生命活動を一瞬で停止するためであると思われる。これは、作業中に猛獣(例えばトラ)が突然乱入してきた際に、我々はすべての作業を停止しなければならないが、これと同じ現象なのであろう。
  以上のようにして「運転中、悪臭を出さない!」という「生ゴミ消滅機」は実現可能であり、他を圧倒する需要を喚起することになるであろう。

付図3 豚舎から発生する低級脂肪酸の光合成菌(R.カプシュラータ)懸濁液添加による除臭効果
(ガスクロマト分析)(季・小林、1992)
除臭効果




 【参考文献】
1)藤田賢二.1993.コンポスト化技術,p36,技報堂出版.
2)服部 勉.1978.生物間の個別的関係,p54,微生物生態入門,東京 大学出版会.
3)永井史郎.1993.嫌気性微生物のエコロジー,p.1,嫌気微生物学, 上木勝司,永井史郎編著,養賢堂.
4)小林達治.1993.光合成細菌で環境保全,p.51,農文協.
5)小林達治.1984.光合成細菌の自然界における役割と利用,p344, 光合成細菌,北村博 森田茂廣
山下仁平編,学会出版センター.
6)外村健三,環境浄化と微生物,p.293,応用微生物学,村尾澤夫 荒 井基夫 共編,培風館.

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