日本人拉致問題に関する一考察/飯山一郎氏近著評

藤原源太郎
(世界戦略情報「みち」皇紀2672(平成24)年2月1日第353号)

 『横田めぐみさんと金正恩』と題する本が出版された。著者は飯山一郎氏、版元は三五館。
 この本の骨子は、北朝鮮の三代目金王朝の後継者である金正恩の母親は、横田めぐみさんだと証明し、断定することにある。

 筆者は著者の飯山氏とは直接の面識はないが、電話で意見や情報を交換する間柄にある。昨年暮れ、飯山氏から電話があり、彼がこれまでブログに書き綴ってきた正恩の母親はめぐみさんだとする一連の見解をまとめた本が、緊急出版されることになったと知らされた。

 筆者は、めぐみさんが正恩の母親だとの認識では飯山氏と完全に一致しているため、出版そのものは歓迎だと飯山氏に伝えた。だが、なにゆえこの時期に緊急出版されるのか、その背景を慎重に見極めるべきだと、飯山氏と意見を交換した。彼との会話で、飯山氏の意向とは関係なく出版を急ぐ背景があって、それなりの力を行使できる勢力の強い思惑が秘められているのではとの認識で一致した。

 この本は、著者の了解を得た二週間後に出版された。また、大型書店に平積みされ、大々的に宣伝されている。この事実ひとつだけでも、今回の出版が異例中の異例であることを物語っている。問題は、何故、版元がこんなにも焦ったのか? また、弱小出版社にもかかわらず宣伝広告に莫大な費用を投じたのか、である。その結果、発売四日で初版一万部が完売し、直ちに増刷されている。以下は、今回の異例さに関する筆者の見解である。

 筆者は、今回の異例な緊急出版の背景には、三代目金王朝体制を支える側近集団を中心とする、日朝関係の正常化を急がせたいとする様々な勢力の強い思惑があると確信している。

 二〇〇二年の小泉訪朝で北朝鮮側が拉致問題を正式に認めたことで、国内世論が一気に硬直して強硬制裁論に急傾斜し、現在まで続いている。わが国政府は、拉致問題を日朝国交正常化の入り口に据えて、制裁発動を継続し続けている。

 また、日朝国交正常化を歓迎しない米韓あるいは支那の思惑も錯綜して、日朝間の交渉窓口は閉ざされたも同然のままであった。だが、日本政府は、この入り口戦略を継続している限り、日朝関係は永遠に正常化出来ない内実を熟知している。

 今回の緊急出版の背景には、これまでの入り口論の限界を払拭し、出口論に切り替えたいとする勢力の意向が強く反映している。いわゆる拉致問題の背景には、公にされたくない闇が色濃く潜んでいる。また、拉致事件の関係当事者筋は、その内実を隠蔽したまま、曖昧に解決済みとする必要性を最優先事項に定めている。

 めぐみさんが正恩の母親ではとの認識が日本国内に浸透し、仮に、金王朝側からその事実を裏付けるような宣伝工作が発動されれば、国内世論が激変し、拉致問題が霞む可能性も否定できない。

 小泉訪朝で金正日が日本人拉致を正式に認め形式的に謝罪するまで、わが国政府は、拉致問題を無視するかのように自ら解決する姿勢、政治課題に取り組むことには消極的であった。さらに、左翼勢力による韓国謀略説が論じられるなど、拉致問題は実質的には封印され続けてきた。

 めぐみさんの母親、早紀江さんは娘の拉致問題解決をさまざまな関係筋に訴えたが実質的に無視され、最後は、当時健在だった大日本愛国党の赤尾敏総裁にまですがった。だが、なすすべがないことを突き付けられノイローゼになって、キリスト教に入信して立ち直ることができたと述懐しているが、これほど国民は無関心だったのだ。

 筆者は、なにゆえに日本政府、殊に警察関係者が拉致問題に冷淡だったのかに関して、わが国政府には、北朝鮮による日本人拉致を看過せざるを得なかった、やむにやまれぬ事情があったからだと確信している。 以下は、その一端を裏付ける貴重な証言である。

 昭和四五年一一月二五日、作家の三島由紀夫氏は、四人の盾の会会員とともに市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部で「政体を守るのは警察だが、国体を守るのは軍隊だ」との檄を飛ばし、自衛隊員に軍人として覚醒し共に決起しようと呼びかけて、壮絶な自決を成し遂げた。

 筆者は三島氏と直に会話を交わして幾多の感銘を得た経験もあり、ともに自決した森田必勝とも付き合いがあった関係上、ふたりの自決決起に脳天を突き破られるかの衝撃を受け、呪縛されたかのような影響を受け、今なお、その桎梏の克服を余儀なくされる人生を送り続けている。

 筆者は、三島氏が檄文で「政体を守るのは警察だ」と決めつけた文言に直感的な違和感を感じた。そして、ある衝撃的な証言を得ることによって、その違和感を解明することができた。

 三島氏は決起の一年前、自衛隊の調査隊員と懇親会を催した。その際、調査隊員から衝撃的な訴えを受けた。その訴えは、北朝鮮の暗号を傍受し解析した結果、能登半島で日本人が拉致される危険性が高いと判断し、彼らが事件現場を遠くから監視した顛末の驚くべき真相であった。

 彼らは、石川県警の関係者が現場周辺に多数出動していたので、当然、現行犯逮捕するだろうと期待していた。しかし、彼らの行動を観察していると、現行犯逮捕が目的ではなく、拉致現場を目撃しかねない人間が現場近くに寄りつかないような周辺気遣いのみに徹し、最後は拉致を積極的に看過してしまったとしたものである。そして、その事実を裏付けるかのような写真を手に、こんな理不尽が許されていいのかと、涙ながらに三島氏に訴えた。

 三島氏は彼らの訴えには直に答えず、「保利さんに相談してみる」と答えただけである。保利さんとは、当時の保利茂官房長官である。保利官房長官との相談結果に関しての情報は不明である。筆者にこの貴重な情報を提供してくれたのは、その場に同席を許された二人の盾の会会員のうちのひとりである。

 三島氏は、現在のわが国の警察の主たる役割は戦後政体(ポツダムジャパン)を守ることにあるとして警察を批判するのではなく、自衛隊にその政体の超克を強く訴えるため「軍隊の本義は国体を守ることにある」と檄を飛ばしたのであろう。現在、筆者は三島氏があの壮絶な決起を決断した背景に、その前年に知った日本人拉致事件が少なからぬ影響を及ぼしていたのではと確信するに至っている。
 
 では何故に、わが国の警察は、北朝鮮による拉致事件を看過せざるを得なかったのか?そのヒントは、金正日がそれまで頑なに否定していた日本人拉致を公式に認めたことにある。

 金正日が日本人拉致を認めたのは、二〇〇二年九月一七日である。当時の米国はブッシュ政権下で、同政権は前年の〇一年、「北朝鮮をテロ支援国家」と決めつけ、過去の水面下における米朝間で積み重ねてきた折衝の実績をすべて反故にするとの宣言を発した。

 それまでの米朝関係は前クリントン政権の末期にオルブライト国務長官が訪朝し、国交樹立を視野にいれるまでに進捗していた。しかし、「テロ支援国家」指定で、すべてが水の泡となった。金正日は、米国の変節への憤りを、日本人拉致事件の真相を暴露するぞと米国に突き付けることで、米国が同事件に関与していたことを示唆した。

 いわゆる拉致事件は、ベトナム戦争時に集中して起きている。米情報機関筋は、当時激化していたベトナム戦争の過程で、米国が完全に払拭したと確信していた旧日本軍国主義勢力と北朝鮮が見えざる糸で繋がっているのではないかとの疑惑を深めて、強く警戒し始めていた。

 その疑惑を晴らすため、米国情報機関筋は北朝鮮に軍国主義勢力と手を切れと様々な駆け引きを働きかけ、返す刀で、日本に踏み絵を踏ませるための試練として拉致問題を演出したのであろう。日本政府(警察)が拉致事件を看過せざるを得なかったのは、事件の背景に米国の関与があったからである。

 米朝間での駆け引き内容は不明である。だが、許容された範囲外の拉致被害者は、横田めぐみさんである。わが国の公安関係筋が、真の拉致事件は「めぐみさん拉致事件だけだ」と非公式に認定しているのも、この間の事情を承知してのことである。

 北朝鮮は、朝鮮民主主義人民共和国という、朝鮮労働党の金日成主席が独裁統治する社会主義国家だとされていた。だが、その内実は建国以来、わが国の天皇制に似せた疑似天皇国体の金王朝を完成させることにある。

 二〇一〇年九月二八日、朝鮮労働党は代表者会議を数十年ぶりに開催し、党規約を改正した。その骨子は「主体思想」を中核にして「金日成朝鮮」(金氏朝鮮)へと国体を昇華させるとするものである。同時に、金正恩の三代目後継が正式に決まった。すなわち、三代目にして金王朝を完成させるとの意向を全面的に打ち出した。

 めぐみさん拉致問題の真相は、金王朝の正統性を担保するため、本家日本の由緒ある高貴な血筋を受け継がせるため彼女に白羽の矢がたてられたことにある。今回、飯山氏のホームページが一冊の本に仕立てられ緊急出版されたのは、その本意を公にしたいとの意向が強く働いているからである。

 かつて、国家に人生を翻弄、蹂躙された少女がいた。旧大韓帝国の李垠皇太子に嫁がされた梨本宮方子妃である。彼女は、日本と朝鮮半島の架橋となるべく、一五歳の時に、本人の同意なく、いわば差し出された。

 めぐみさんも、方子妃と同じ運命を強要されたと達観しているだけでなく、日朝友好の架橋となるべき使命に覚醒している可能性を今回の本の出版は暗示している。さらに、緊急出版された背景には、日朝関係正常化の促進で新天地を切り開きたいとする、国際ユダヤ金融資本勢力による「新河豚計画」を推進しようという意向も秘められているに違いない。 (平成二四年一月二七日識)
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